2007年5月7日月曜日

070507 セナの死亡事故について(その5?)

【ジュセリーノ予言の真実 0507】
セナの死亡事故について(その5?)

最近では、ブラジルの人とメールのやりとりをするのに時間を取られっ放しである。
それでは本末転倒なのだが。

それでもやはり、日本のジュセリーノの信者とメールでやりとりをするよりはまだ実のあるものにはなっているのが救いといえば救いなのであるが。

こうしてこのブログで公開してもそれなりに意味のあるものになるからだ。

日本人のジュセリーノ擁護の人(信者)とのメールのやりとりは、- やりとりいうよりも、批判のメールを送ってきて、それに答えてやるとそのことに対する再反論はしないで、別の事象をもちだして来て「だからジュセリーノは正しい」みたいなことの繰り返しばかりなのでもしそんな戦法に真面目に付き合っていたら意味なく疲れるだけだ。

自分はそういう戦法にはピンとくるものがある。

こういう戦法のことを「韮沢式」と呼べばわかっていただけるであろう(笑)

というか、この作戦、最初は相手の度肝を抜くようなことを持ち出しておき、反論に会うとあっさり引っ込めて別のコネタを次々と持ち出してくるという一種の「消耗戦」なのだが、逆に「実体」の位置を見定められやすく反論に会うとぐうの音がでないくらいに自分(の論陣)が崩壊してしまうという弱点がある。

自分のところにジュセリーノ擁護のメールを送って来るような人はそれで失敗して退散している。

こんな戦法、少なくともこの自分には通用はしない。一応忠告だけはしておくが。

何故かというと、彼らが持ち出してくるジュセリーノ情報というもの、出所がつきつめれば「たま出版」からのものでしかなくて、その論理の脆さは至るところで看破されたものばかりだからだ。

たとえて言うのならば、でっかいガソリンタンクのすぐそばで銃撃戦をやっているようなものだ。
たとえ自分に弾はヒットしなくとも、大きなそのガソリンタンクのほうを狙われたら引火して大爆発するようなものなのだ。

で、そのガソリンタンクには大きく「ニラサワ」と書かれているよということなのだが(笑)


本題に移る。そのブラジルからのメール、ほとんどがジュセリーノの予言というものを予言として信じているというひとからのものが多い。

それでも彼ら皆ほとんど反論してこないところがある。

自分がずっと言いつづけている「セナの死は殺人ではない」という部分である。

えーっとですね、あれだけ(100通以上)のメールコメントがあって、自分の主張する「セナの死は殺人ではない」というところに反論して来た人はふたりしかいないのである。[註1]

「セナの死は殺人ではない。殺人だと言ってしまったジュセリーノは間違いである。だからそれが理由でジュセリーノの予言者としての能力には疑問がある」という個所にはあまり触れたがらない。

それどころか
「セナの死は事故死は殺人ではないかもしれない。ジュセリーノの予言は正しくはないかもしれない。でもジュセリーノは予言者である。」という具合に主張してくるものが多い。

わかりやすくいうと「そうだよ、キミの言うとおりだ、セナは殺されたんじゃないかもしれない。でもそれとジュセリーノの予言者としての能力は別物じゃないか」と、悪く言えば開き直っているのだ。

さて、この「セナの死は殺人ではない」という個所に必死になって反論してきていたブラジル人がふたりいる。

うちひとりとはもう何回もメールのやりとりをしているような状態だった。

はじめこの人は「自分にはF1ドライバーだった知り合いがいて、彼はセナとも親しく『セナは殺された』と言っていたので間違いがない。セナは殺されたのだ」と書いて来た。

それで
「その元F1ドライバーとはマウリシオ・グージェルミンのことか。もしグージェルミンが『セナは殺された』と言っているのならば意味が違うぞ。」
と返事のメールを送ると、
「そうだ、M・グージェルミンのことを知っているのか?」というメールが帰って来た。

知らないわけがない、マウリシオ・グージェルミンのことを。
彼はレイトンハウス(マーチ)というF1のチームで長い期間(5シーズンくらいか)イワン・カペリとコンビを組んでいた。
レイトンハウスはもちろん日本の会社なので、オフ期間にもよくその関係で日本にもちょくちょく来ていた。

グージェルミンとセナはF1の下のカテゴリー(セナはF3)でイギリスでエントリーしていたときにはルームメイトでもあった。
F1の世界に友人の少ないセナにとっては数少ない同国人の友だちといえるドライバーでもあったのだ。

だから、ブラジル人の口から「知り合いにセナと親しい元F1ドライバー」なんていう言い方をされたのならば、まず「グージェルミン」の名前しか出てこない。

確かに事故直後(アメリカだったかブラジルにいた)グージェルミンは「セナは殺された」とインタビューに答えていた。ただしその「殺された」の意味はジュセリーノが言った「陰謀で殺される」とはまったく意味が違う。

グージェルミンは「予選で死亡者が出ているのにもかかわらず決勝レースを強行したFIAに殺されたようなものだ」というようなことを言っていたのである。

同様のコメントはグージェルミンだけではない。他の元ドライバーの口からも聞く事が出来た。
現役ドライバーでそういうFIA批判をした人間もいた。ただひとりレース初日に事故で顔面を強打したルーベンス・バリチェロ(当時ジョーダン・ハート)のコメントだけが少しニュアンスというか毛色が違っていたという記憶がある。


で、さてそのメールの人はさらにこのようなことも書いてくるようになった。
「ジュセリーノは事故の何年も前からセナに手紙を送りつづけている。これはセナの周囲には、そういうブラジル人である彼がトップを走りつづけていることを快く思わないヨーロッパのレース関係者の陰謀が以前から準備されていたということそのまま(の予言?)であり、ジュセリーノ(の予言?)はそういうところとも結びついているので(だから現実の事故との多少の違いはあっても概ねのところではジュセリーノの予言は当ったといえるという論理か)「殺された」という表現は決して間違いではないというような意味のことをである。

このへんになると、自分の英語能力の壁みたいなものがあって上手くは訳せないのだが。
まあもう少し残酷なことを言えば「お互い様」なのだが。

どうもこの人もジュセリーノがどんなことを言っていたのかまでは詳しくは知らなかったようだ。

ジュセリーノは「チーム関係者によって殺される(暗殺計画がもちあがる)」と予言していたのである。
今でもその主旨自体は変えてはいないようだ。

だからこそ、ジュセリーノのこの予言はおかしいところだらけだといえるのだし、ジュセリーノの予言が外れていると断言出来のである。

そのことをメールで伝えると、今度はその人は
「ヨーロッパのレース関係者ならばどこのチームでも同じ!」
みたいなことを書いてきた。

ところがその「どこでも同じ」という言い方こそが、このジュセリーノの外れ予言同様、当時のセナを囲む状況というものを勘違いしたままであることを吐露してしまっているのだ。

94年シーズン、アイルトン・セナは2年越しの念願が叶い、晴れてウィリアムズ・ルノーに移籍した。

一方、ジュセリーノはそんなセナに対して「暗殺計画があるのでチームを変えろ」という内容の手紙をセナに対して送りつづけたと当初は言っていたのである。

ところが、いつのまにか途中からジュセリーノは「94年の事故の直前に」と自分の発言を修正してきた。
流石に誰かが見かねてジュセリーノに当時のセナの状況を教えたらしい。
「未来から警告」の原本の著者であるマリオ・エンジオだろうか。

たまの本にはそういうジュセリーノの発言が途中で若干チェンジしたということが書かれていない。
(意図的に隠したのではないか?)

しかし、ブラジルにはジュセリーノが最初に口にしてしまった「予言」というものだけが耳に入っていて、その後にジュセリーノが自分の「予言」の内容を変更したということを知らずにいるという人がいるだ。この自分にメールを寄越してきた人が実際にそうなのだ。

この人はセナが94年にチームを移籍したということなど頭になかったようでいて(年幾つなんだろ?)何年も前(2・3年前らしい)からセナに対して「チームを移りなさい」という手紙を送りつづけていたのだからジュセリーノの言っていることは大きな部分では当っていたなどと書いて寄越して来ているようなのだ。

チームを移ったばかりのセナに対して相も変わらず「チームを移れ」と手紙を送りつづけたジュセリーノ。
間抜けすぎる。

他の誰でもない。ジュセリーノが自分の口でそういってしまったのである。

それにヨーロッパ籍以外のどこのチームで走ればセナの満足の出来る戦闘力のあるクルマが期待できると言うのであろうか?

セナは自分の意志でイギリスとフランスの合同チームである「ウィリアムス・ルノー」というチームで走るということを選んだのである。

だったらそんなセナに忠告をするのならばたった一言
「(F1)レースには出るな」の方が数段正しい。

これも誰も疑問をはさまないでいるのであえてここで書いておくのだが、

ジュセリーノはセナに警告の手紙を送ったとは言っている。

送るのはいいのだが、ジュセリーノは実際、具体的にはどこに送ったのであろうか?

そのことに対する明言を避けているのが気にかかるのである。

シーズン中のF1ドライバーに対して確実に早く手紙を送ろうとした場合、最も一般的な方法は「所属するチーム気付」で送ることだ。

この方法だと世界中を転戦しているチームとドライバーがどこにいようとも、レースウィークにはドライバー(マネージャーを経由するだろうが)には確実に届く。

しかしそうでない「自宅」に送ったというのであればだが、その住所をジュセリーノはどのような方法で知ることが出来たのか。それも謎なのである。

というかどっちにしてもこの方法ではセナに対して、身の危険を知らせる方法としてはほとんど役には立たない。少し考えれば誰でもわかることだ。それでも、ジュセリーノは「セナに警告の手紙を送りつづけた」と主張しているのである。それでは一種の迷惑メールというか脅迫の手紙と変わらないではないか。

まあ、こういうようなことをメールで送ったところで、そのブラジル人の方もやっと自分が「ジュセリーノがセナの死を予言していた」という部分の欺瞞に関してはやっと理解してもらえたようだった。

というか、ジュセリーノの最新の言い訳をブログ記事か何かで読むなどして知ってやっとジュセリーノの発言の矛盾点を知ったのかもしれないが。

しかし、それでもこの方は「ジュセリーノが予言者である」ということは信じつづけているようなのである。ブラジル人恐るべし。

※同様のことは0318のまとめのページ(問題点)ですでに書いている。もしまだご覧になっていないという方がいるのならば是非この機会にご覧下さい。


[註1]ブラジルのグーグルのブログ検索を使い「jucelino nobrega da luz」という単語でブログ検索をするとこのブログ、頭に(1位)になることがけっこう多い。低くても5位以内には必ず出てくる。

そしてそれで見た人(ブラジル人)は「jucelino nobrega da luz はブラジルと日本でだけ有名である」という主張と「セナの死は殺人ではない」などいう自分の主張の個所を(英語で)読むことになる。

(ちなみにブラジル人全体の英語識字率は五割強、6割弱程度だが、ネット利用者層に絞ると九割に迫るのだという。すごい数字だ)したがって、一番反論を受けやすいのは「セナの死」についてなのである。





【追記】

たま出版から出た「未来からの警告」を読んだという方などから沢山のメールを頂いた。
本の中にはジュセリーノが「何処に」メールしたかが克明に書かれているのだそうである。
「何言ってんだ、ちゃんと書いているぞ!オマエこそ本を読め!」というものから
「笑ってはいけません、ジュセリーノは本気で言っているみたいです」という、割とF1に対して詳しいと見える方まで幅広くの方から反響があった。

なんと(本によれば)ジュセリーノはセナに対する警告の手紙をインテルラゴス・サーキット宛てに送っていたのだそうだ。

これじゃまるで最初から手紙がセナに届かないということを見越して送りつづけたのと同じではないか。

メールでこれについて一番詳しく書いてきて下さったのは「VAN」さんという方なのだが、その「VAN」さんによると、

ジュセリーノが最初に警告の手紙を送ったのは89年の8月。手紙の送り先はインテルラゴスサーキット。

一応、送り側の郵便局の発送証明のようなものはあるのだけれど何故か署名がprof.Jucelino nobrega da luz になっている。その公証所の証明を取ったのはなんと2002年になってからだという。

これじゃなんにもならんわな。

というかジュセリーノが声高に「何処にか」を書けないのも無理はない。

インテルラゴス・サーキットのことを知らないでいると、まるで日本の鈴鹿であるとか富士と同列にして民営の会社が経営している会社かのような印象を持つひとが多いかもしれない。しかし、欧米にある(F1が開催されるくらいの規模の)サーキットの多くは公営である。

このサンパウロ郊外にあるインテルラゴスサーキットも例外ではない。87年にリオのカルロスパーチェからこのインテルラゴスにF1ブラジルGPの開催が移行して三年目の90年、サンパウロ州は莫大な予算をかけてこのサーキットを大改装をした。そのときのドキュメントをテレビで見たのであるが、あたりまえのことだが、サーキットで働いている人間のトップは公務員である。で、届けられる郵便物はどうなるかというとまず間違いなく一旦は州当局に預けられるはずである。なぜならその郵便物は「州」に送られたものだからだ。

例えとしては適切ではないかもしれないが、織田裕二へのファンレターを東京の水上署やありもしないお台場署に送るのと同じようなものである。

運がよければ織田裕二の元に届くかもしれないが、たとえ届いたとしてもたぶんそれは多大な幸運と時間に恵まれた結果である。

もしこれがブラジルでも遠くはなれた場所に住んでいる人間ならばジュセリーノのやったこともまだ理解が出来なくはない。しかしジュセリーノはサンパウロ近郊に長年住居している人間のはずである。そんなサーキットに送ったってセナの元には届かないことぐらい気がつきそうなものだが。

これのどこが「適切な場所」なのであろう。

というか、ジュセリーノがこの件に関してはもう語りたがらないということが、この本に書かれている彼の供述がいかに疑わしいかを逆に物語っているともいえるのである。

「VAN」さん曰く
「若き日の過ちというものは認めたくないものだ」
だそうである。

同意である。ジュセリーノも早いうちにこの馬鹿げた作り話については「事実じゃありませんでした」と言ってしまえば良かったのに、こんなところが逆に自分の首を締めることになろうとは思いもよらなかったに違いない。

※というかよく考えれば、ジュセリーノの本の著者であるマリオ・エンジオもこのジュセリーノの行なった証拠偽造工作に一枚も二枚も関与しているということにほかならないではないか。

※一時期ブラジルからのメールの数は減ったのだが最近再び増え始めている。どうやらセナの遺族側からジュセリーノに対して損害請求があった(というかその発言をひっこめろという要求がなされたことが明らかになった)かららしい。

最終校正日2007.08.28