2007年2月18日日曜日
070218 ジュセリーノの予言(その2) セナの死について考える
【ジュセリーノ予言の真実 0218】 (2)セナの死について考える
前の記事の続きです。
が、その前にひとつお断りというかお願いを。
まず、このブログの「コメント」と「トラックバック」の扱いについてであるが、今日以降、どちらも書き込みをしてもすぐには画面には反映しなくなる設定にした。いわゆる「下書き保存」状態である。
いままでもイタズラ半分のコメントやトラバはなるべく削除していたが、かといって神経過敏なまでに対応するのも癪だったので「全て受け入れ」設定にしていたのだが。
自分は、このブログをいわゆる「深海ブログ」として「地味に、ヒソーリ」と続けて来たつもりである。
目的というかスタンスを維持するためにだ。だからジャンルへの「記事投稿」も極力避けてきた。
しかし、今回少しばかり世間にしゃしゃり出てみようかと思っている。
もちろんメールでの連絡は可能であるし、以前と同じブログネームをお使いであればそのまますぐにご返事なり更新はできるようにしておく。
そして、ずっと掲載してあった全トラパといくつかのコメントに関しては削除させていただく。
自分がなにをしようとしているかというと、グーグル(Google)だけでも、自分のこのブログを「ジュセリーノの予言」あるいは「ジョセリーノの予言」といった関連検索語で検索したときに常に上位に表示されている状態をキープできる体制だけはとっておきたいのである。これはあくまで下準備というやつだが。
次に、以前書いた「予言関係」の記事をもう一度記事投稿(再掲載)しようと思っている。ライブドアブロガーによるカウント数をあげるためだ。
ずっとこのままの体制でゆくというのではないが。いつまで続くかはわからないが。
さて、本題である。
二通、見逃せない内容のメールをいただいた。
端的に書く。
やはり、2003年以前この「ジョセリーノ(ジュセリーノ)」という予言者の予言はこの世には存在すらしていなかった、ということである。
もう一通では「2006年以前」になっている。どちらが事実としては厳密で正しいのかは判らないが。
メールをいただいたのは、ひとりは日本在住のブラジル人、もうひとりはご主人がブラジル人という女性の方である。
ともに当時のブラジルでの状況はよく知っているとのことで、この方たちが書いて来ていること、この二通に書かれていることには相反する要素は(年号以外には)ない。
どういうことか。教師をしているという「Jucelino Nobrega da Luz」という人間はいたのだろうが、そういう名前の、予言をしている人物はそれまで聞いたこともないし、突然という感じで2003年(2006年)ころに「自分は予言夢をみる。自分の予言は90%の確率で当たっている。」とマスコミに登場したのだそうだ。
そして、「その予言が確実なものだと確信したとき彼はその災害が起きる国の政府に手紙を送って警告をしている」と言ってその各国から送られてきたという「公式の」感謝の手紙というものを親しい人間に見せて回った、というのがこの「ジュセリーノ(ジョセリーノ)という予言者」の誕生の経緯らしいのだ。
したがって、2001年に起きた911も、(2004年のスマトラ沖大地震も)もちろん1995年、日本で起きた阪神淡路大震災のことも地下鉄サリン事件も単なる後付けの話であって、以前からマスコミで発表していたというわけでもなく、それを事件以前から彼の口から聞いて「予言が当った」と認めている人間は誰ひとりとしていないというのだ。利益を蒙る人間以外には(←ここだ)。
ああなるほどね、それならば納得もゆく。少なくとも彼のやっていることに対しては。
言ってしまえば大規模な「オレオレ詐欺」なわけだ。アメリカ合衆国政府相手に対する。
これがさらに日本に飛び火して、たま出版とテレビ朝日がつるんでお金もうけに二次利用しているという構図だ。
しかしだ、自分も少し冷静さを失って肝心なことをすっかり忘れていた。
何がかというと、94年に起きた「アイルトン・セナの事故死」のことだ。
この事故の直後からブラジルの新聞は「セナは○○によって謀殺された」という陰謀論がやたら飛び交っているということを書いていた。さらに、「自分はセナの死を予感していた」という自称霊感師が何人も登場していたということを。
つまりどういうことかというと、別に「セナの死を予言していた」からといってこのジュセリーノ(ジョセリーノ)という予言者の名声が特別にあがる材料にはなりえないということでもある。「その他大勢の予言者のひとり」でしかないわけだ。
じゃあ何故このジュセリーノ(ジョセリーノ)という人物がわざわざご丁寧に「アイルトン・セナの事故死を予言」なんていうものを持ち出してきたのか。
たぶん、その時のブラジル国内での騒ぎが克明に彼の記憶として残っており、「それ」を持ち出さないことには彼の「予言者としての名声」に翳りが差すと危惧したからではないか。
ブラジル人であるのなら、サッカーとF1に関して何も言わないでおくというわけにはゆかなかったのだろう。
これは重要な事実であるが、セナは殺そうされて死んだのではまったくない。
まず、ここが事実とまったく異なる。
当時からずっとF1を見てきていた人間ならば誰でも知っていることだ。
つまりその時点(セナは殺されたと口にした段階)でジュセリーノ(ジョセリーノ)の予言者としての信頼性は限りなくゼロに近いということでもある。
自分で「『予言が当った』という事実のひとつであると喧伝している時点」でだ。
「予言者ジュセリーノ」が誕生するまえにすでに「予言者ジュセリーノは予言者としては失格していた」ということになる。
どういうことか。もう少し詳しく説明しておこう。
「もし仮にセナを殺そうとした人物がいた」と仮定して、その人間があの事故を企んだとしても結果的に「セナ暗殺」は大失敗だったということだ。暗殺するにしては、あまりにもお粗末で、偶然に頼りすぎた計画を立てたものであることがすぐにわかる。
この話を嘘だと思うのであれば、身近にいる(少なくとも、40才以上の当時のことをよく知っている)F1マニアに聞いてみればいい。すぐにわかるから。
それよりも自分が今一番が憤っているのは、てめえの名声のためにセナの暗殺なんて持ち出してくるこのジュセリーノ(ジョセリーノ)って男はブラジル人としては最低の人間だな・・・ってことのほうだ。
(つづく)
【追記】
※今読み返すと非常にもどかしい部分ばかりだが、それでも基本的な部分ではまったくそのものズバリのことを書いている。それもこの段階で結構な数のメールをいただいていて、その中に在日ブラジル人のNSさんとご主人がブラジル人のJYさん、S(サーシャ)さんといった方もいたということが大きい。
このお三方と、さらにF1エンスーのKKさん、TTさん、「正義の右肩あがり」さんといった方々から的確な指摘のメールがあったことが自分を非常に楽にしていただいたと思う。今にしてみると。
改めてここで感謝の意を表わしたいとおもいます。
本当にありがとうございます。
※ 2007.02.25 校正
※ 2008.01.15 最終校正